インパクト測定・管理(IMM)の戦略的導入:企業価値向上とインパクト投資への貢献
インパクト測定・管理(IMM)の重要性と企業価値向上への貢献
持続可能な社会の実現が喫緊の課題となる中、企業には事業活動を通じて環境・社会に与えるポジティブな影響、すなわち「インパクト」を創出することが強く求められています。特に、インパクト投資市場が拡大を続ける中で、投資家は単なる財務リ益だけでなく、測定可能な社会的・環境的インパクトを重視する傾向にあります。
このような背景から、企業が自社の事業活動によるインパクトを体系的に測定し、管理し、開示する「インパクト測定・管理(Impact Measurement and Management: IMM)」は、単なるCSR活動の一環ではなく、企業戦略の中核をなす要素としてその重要性を増しています。IMMを戦略的に導入することは、企業価値の向上、投資家との強固な関係構築、そして新たな事業機会の創出に不可欠なものとなりつつあります。
本稿では、IMMの基本的な概念から主要なフレームワーク、戦略的導入のステップ、そしてインパクト投資家が注目する評価視点までを詳細に解説し、貴社のサステナビリティ推進に資する具体的な知見を提供します。
インパクト測定・管理(IMM)とは何か?
IMMとは、企業や投資家が意図的に社会・環境的インパクトを創出し、そのインパクトを体系的に計画、測定、評価、報告、そして改善していく一連のプロセスを指します。これは、単に「良いことをしている」という定性的な主張に留まらず、具体的な指標を用いてインパクトを定量化し、その効果を検証することで、より効果的な資源配分や事業戦略の策定を可能にするものです。
なぜ今、IMMが必要とされるのか
- 投資家の要求の高まり: インパクト投資家は、財務リターンと並行して、ポジティブなインパクトの創出を明確に意図し、その測定・報告を求めています。IMMは、これらの投資家に対して透明性と説明責任を果たす上で不可欠です。
- 企業価値の向上: 事業活動が社会・環境に与える影響を可視化することで、リスクの特定と管理、新たな市場機会の発見、ブランドイメージの向上、優秀な人材の獲得に繋がります。これにより、非財務情報が企業価値に与える影響がより明確になります。
- 戦略的意思決定の強化: IMMは、事業の社会的・環境的目標と財務目標を統合し、リソースの最適配分やイノベーションの促進を支援します。これにより、事業戦略がより持続可能でレジリエントなものとなります。
- グリーンウォッシングのリスク低減: 曖昧な表現や根拠のない主張による「グリーンウォッシング」は、企業の信頼性を損ないます。IMMは、客観的なデータに基づいた報告を可能にし、透明性を高めることでこのリスクを低減します。
主要なIMMフレームワークと評価基準
IMMを実践する上で、いくつかの国際的なフレームワークや基準が活用されています。これらを理解し、自社の事業特性に合わせて選択・適用することが重要です。
1. インパクト・マネジメント・プロジェクト(IMP)の「5次元」
Impact Management Project (IMP) は、インパクトの測定と管理を共通言語で行うための枠組みを提供しています。IMPは、インパクトを以下の5つの次元で捉えることを提唱しています。
- What(何を): どのようなポジティブおよびネガティブな結果が起きているか? (例: 再生可能エネルギー導入によるCO2排出量削減)
- Who(誰が): 誰がインパクトを受けているか? ターゲット層とその属性。 (例: 地域住民、サプライチェーンの労働者)
- How much(どれくらい): インパクトの規模、深さ、期間はどの程度か? (例: 削減量、改善の度合い、持続期間)
- Contribution(貢献度): 事業活動が、そのインパクト創出にどの程度貢献しているか? (追加性、代替行動の有無)
- Risk(リスク): インパクトが意図せず発生しない、またはネガティブな結果に終わるリスクは? (例: サプライチェーンにおける人権侵害リスク)
これらの5次元を考慮することで、インパクトを多角的に分析し、事業戦略への統合を深めることができます。
2. GIIN (Global Impact Investing Network) の IRIS+
GIINが提供するIRIS+は、インパクト投資家や企業がインパクトを測定・管理するための包括的なカタログとガイドです。SDGsにマッピングされた多岐にわたる指標(パフォーマンス指標、セクター固有の指標など)を提供しており、投資家がポートフォリオ全体のインパクトを比較・評価する際の標準ツールとして広く利用されています。
IRIS+の活用により、企業は以下のようなメリットを享受できます。
- 共通言語での報告: インパクト投資家とのコミュニケーションを円滑化し、データの比較可能性を高めます。
- 体系的な指標設定: 自社の事業特性やSDGsへの貢献度に合わせて、適切な指標を効率的に特定できます。
- 信頼性の向上: 国際的な標準に基づいた報告は、外部からの信頼性を高めます。
3. SDGsとの連携
SDGs(持続可能な開発目標)は、企業のインパクト測定・管理の方向性を定める上で極めて重要な枠組みです。多くの企業がSDGsの目標・ターゲットに自社の事業活動をマッピングし、それぞれの目標に対する貢献度をIMMを通じて可視化しています。これにより、グローバルな課題解決への貢献を明確に示し、ステークホルダーからの評価を高めることができます。
IMMの戦略的導入に向けたステップと考慮事項
IMMを効果的に導入し、企業価値向上に繋げるためには、以下のステップと考慮事項が不可欠です。
1. 目的とマテリアリティの明確化
- インパクト目標の設定: 自社の事業がどのような社会・環境的課題を解決し、どのようなポジティブなインパクトを創出したいのかを明確に定義します。SDGsとの連携は、目標設定の有効な手段です。
- マテリアリティとの連携: 自社にとって重要なESG課題(マテリアリティ)を特定し、その解決に向けた取り組みがどのようにインパクトに繋がるのかを具体的に示します。マテリアリティ分析を通じて特定された課題に対して、IMMフレームワークを適用することで、より戦略的なアプローチが可能になります。
2. 指標の選定とデータ収集体制の構築
- 適切な指標の選択: IMPの5次元やIRIS+、または自社固有のニーズに基づいて、事業活動のアウトプット(提供した製品・サービス)、アウトカム(直接的な結果)、そして最終的なインパクト(長期的な変化)を測定するための指標を選定します。
- データ収集体制の整備: 信頼性のあるデータを継続的に収集するための体制を構築します。これには、部門間の連携強化、ITシステムの活用、サプライチェーン全体でのデータ連携などが含まれます。
- ベースライン設定: インパクト評価の基準となる初期値(ベースライン)を設定し、そこからの変化を測定できるようにします。
3. データ分析と報告
- 効果の分析と評価: 収集したデータを分析し、設定したインパクト目標に対してどの程度の進捗があったのか、また予期せぬ結果はなかったかなどを評価します。
- 透明性のある報告: 分析結果を、統合報告書やサステナビリティレポート、IR資料などでステークホルダーに対して透明性高く開示します。GIINのIRIS+やSASB(Sustainable Accounting Standards Board)などのフレームワークを活用することで、比較可能性と信頼性を高めることができます。
4. 改善と戦略への統合
- フィードバックループの構築: 測定・分析結果を事業部門にフィードバックし、プロダクト開発やサービス改善、サプライチェーン管理に活用します。
- 継続的な改善: IMMは一度行えば終わりではなく、PDCAサイクル(計画・実行・評価・改善)を回しながら継続的に改善していくプロセスです。
- 経営戦略への統合: IMMのプロセスで得られた知見を、単なるサステナビリティ部門の取り組みに留めず、経営戦略、リスクマネジメント、M&A戦略など、企業全体の意思決定に深く統合します。
企業事例に学ぶIMMの実践
多くの先進企業がIMMを戦略的に導入し、その成果を報告しています。例えば、社会課題解決型のスタートアップ企業や、途上国でのサプライチェーンにおいて地域コミュニティに与える影響を詳細に測定・開示するグローバル企業などが挙げられます。
ある再生可能エネルギー企業では、発電事業によるCO2排出量削減効果(What, How much)だけでなく、事業地における雇用創出数や地域経済への貢献度、環境教育プログラムの提供によるコミュニティの変化(Who, Contribution)までをIRIS+指標を用いて詳細に報告しています。これにより、事業の財務的リターンだけでなく、社会・環境へのポジティブなインパクトも投資家に明確に伝え、長期的な資金調達に成功しています。
また、ある食品企業は、サプライチェーンにおける小規模農家の生活改善を目指し、農家への技術支援プログラムの成果(収穫量増加、収入向上)を定量的に測定しています。このデータは、投資家への報告だけでなく、社内の調達戦略の見直しや、新たな支援プログラムの設計にも活用されており、IMMが経営改善に直接貢献する好事例と言えます。
インパクト投資家からの評価視点
インパクト投資家は、企業が創出するインパクトを評価する際に、以下のような点に注目します。
- 意図(Intentionality): 企業が明確なインパクト目標を設定し、それを達成するための意図的な戦略を持っているか。
- 測定の厳格性: 測定指標が適切に選定されており、データの収集・分析・報告プロセスが厳格かつ透明であるか。第三者機関による検証も評価対象となります。
- 追加性(Additionality): 事業活動がなければ生じなかったであろう、付加的なインパクトを創出しているか。単なる市場のトレンドに乗るだけでなく、真に社会・環境課題の解決に貢献しているかが問われます。
- インパクトの深さと広さ: 解決しようとしている課題の根深さ、対象となる受益者の規模、インパクトの持続性などが評価されます。
- ネガティブインパクトの管理: ポジティブなインパクトだけでなく、事業活動によって生じうるネガティブインパクトを適切に特定し、管理・軽減する体制が整っているか。
- 継続的な改善: IMMのプロセスがPDCAサイクルに基づいて継続的に改善され、事業戦略にフィードバックされているか。
投資家はこれらの要素を総合的に評価し、企業のインパクト創出能力と、それを持続的に向上させる意思・体制を重視します。IMMを通じてこれらの情報を明確に開示することは、インパクト投資家とのエンゲージメントを深め、資金調達の機会を拡大するために不可欠です。
課題と今後の展望
IMMの導入には、測定の複雑さ、データ収集のコスト、指標の標準化の難しさといった課題も存在します。特に、社会・環境的インパクトの因果関係を明確にし、財務リターンとの関連性を定量的に示すことは容易ではありません。
しかし、これらの課題に対し、デジタル技術の進化が解決策を提供し始めています。AIを活用したデータ分析、ブロックチェーンによるサプライチェーンの透明性確保、IoTデバイスによる環境データの自動収集などは、IMMの精度と効率性を飛躍的に向上させる可能性を秘めています。
また、ISSB(国際サステナビリティ基準審議会)による国際的なサステナビリティ開示基準の策定など、非財務情報の開示に関する国際的な潮流は、IMMの標準化と信頼性向上を後押しするでしょう。企業はこれらの動向を注視し、先んじて対応することで、競争優位性を確立することが可能です。
まとめ
インパクト測定・管理(IMM)は、単なる報告義務を超え、企業の持続的な成長と社会・環境課題の解決を両立させるための戦略的ツールです。IMMを戦略的に導入し、IMPの5次元やIRIS+といったフレームワークを活用することで、自社のインパクトを客観的に測定・評価し、透明性高く開示することが可能になります。
これは、インパクト投資家からの評価を高めるだけでなく、事業リスクの軽減、新たな事業機会の創出、ブランド価値の向上、そして優秀な人材の獲得といった多岐にわたる企業価値向上に貢献します。貴社がサステナビリティ推進においてIMMを最大限に活用し、持続可能な社会の実現に貢献されることを期待いたします。